"PENK" run by CNKIProduction

鉛筆で描いたマンガは「マンガじゃない」?

画材(2011年3月17日・東日本大震災後、小学館会議室にて執筆中)

鉛筆で描いた漫画は未完成?

私の教えているマンガ教室や個別指導では、生徒さんから「しっかりペン入れをして仕上げたい!」という要望を頂かない限り画材は問いませんから、鉛筆だけでマンガを仕上げる生徒さんもたくさん居ます。(むしろほとんどです。)

胸の痛くなるお話ですが、やっと漫画を完成させた生徒さんが達成感でいっぱいの嬉しい気持ちで「初めてマンガを描けたんだよ!」と、友達・恋人・家族に持ち帰ったマンガを見せたら「マンガって、これ鉛筆のままじゃん(笑)」「これは下描きだからマンガとは言えないんじゃない?」なんて辛辣なコメントをされて笑われて、悲しくなってしまった。なんていう、辛い後日談を聞くことも珍しくありません…。

なぜそう言ったのかは理解できます。自分が今まで読んできたマンガは、しっかり黒いインクで描かれて、場合によってはスクリーントーンが貼られて、それで「仕上がった」ということになっているマンガです。だから鉛筆描きのマンガを見ると下描きに見えるのでしょう。

まあ、わかりますよ、私自身も自分の仕事の場合は(現在はアナログのペンとインクではなくCLIP STUDIO PAINT EXというソフトに入っている仮想的なペンでインクの線を出したり、トーンもデジタル処理をしていますが)ペンやトーンまでやって「完成」という扱いにしています。それに個人的に絵として好きなのは、鉛筆画よりインクの入った真っ黒い線です。だから私のマンガ講座に関する物事はサービス名として『penk』という、ペンとインクから取った造語でラベリングされています。このコンテンツ群もその一環で、時々イメージ画像として私のアナログ時代の画材(インク瓶など)を収めた写真も使われています。ペンとインクは(私の)漫画を支える重要な要素だと思っています。そういう性分なので、「ペン入れしてこそマンガ」みたいな価値観にはむしろ親和性が高い私です。だからまぁ、わかるんですけど…。

めげちゃった人のために先に結論から言っておきますが「ペン入れは完成に必要不可欠な要素」なんかじゃないですよ!!

管理人

さてさて、ではなぜ「マンガの完成=ペン入れ」ということになっているのでしょう?案外「ふつうはそうだから」くらいの認識の方も多いのではないでしょうか。

「ペン入れ=完成原稿」は商業的な事情

ペンを入れた段階で「完成」扱いになるのは、かつてマンガが「紙に印刷された形式だったから」です。

マンガを印刷するにあたって、真っ黒いインクで原稿が構成されている必要がありました。だから、ペン入れの済んでいないマンガ原稿は、複製して本の形にして世に送り出す都合上、完成した印刷用原稿として扱えなかったのです。

ちなみに、「原稿用紙のサイズが投稿用(商業用)はB4」と決まっていて、枠を引っ張るためのガイド線が予め印刷されているのも似たような理由です。だいたいB5サイズくらいの雑誌にちょっと縮小をかけて印刷するのに適切なサイズだったんですね。原稿用紙の製造メーカーを問わず各社ほぼ統一された枠用のガイド線が刷られているのも、どの雑誌も似たり寄ったりの印刷事情と仕様だったからです。

商業的な理由で決まりごとが完成して、その流れで「マンガの描き方」みたいな本も出版されたりしますから、そうするともうマンガ自体のセオリーのように、「ペンを入れたら完成です」とか「プロになりたいなら原稿用紙はB4で」とか自然と言われるようになるわけですが、べつに、(その条件が必須の仕様で印刷しない限り)本来なんでもいいわけです。読めればベニヤ板とか魚が入ってた発泡スチロールの裏に描き続けてもべつにマンガとしては成立するわけです。

ウェブだけでやる漫画ならカナリ自由

webだけのマンガ連載なら、そのへんのコピー用紙に描いたものを載せたってもちろん問題ありません。そのweb媒体を運営している会社が後々「その連載を書籍化したい」みたいなことになれば原稿の仕様は統一されていたほうが本を編集する側としては絶対に楽ですが、それは「書籍づくりが低コストで済む」だけの話で、「マンガとして成立しているか」という問題とはイコールの関係になりません。

パソコンやスマートフォンの画面はもともとフルカラーなので、鉛筆で描いた漫画も表示されます。「黒一色のインクで描かないと印刷に出ない」という世界とは無縁です。
これももちろん「画像のサイズが重い」とか「鉛筆だから読みにくい」とか、媒体としての課題はありますが、だからと言って「それは未完成の漫画です」と言い切る理屈にはなりません。「印刷するならば、コストを上乗せして鉛筆線がしっかり出る印刷方法を取るか、より多くの印刷方法に対応できるようにペンを入れたほうがいい」というだけです。

見栄えや読み易さのために「ペンを入れたほうがいい」「トーン処理や着色処理をしたほうがいい」というのも分かりますが、マンガとして成立させるために不可欠な要素ではありません。それをすぐにできる人はやればいいですが、それができないからといって「未完成」ということではないのです。やりたい人や、やる必要がある人は、頑張ればいいだけです。でも仕事じゃないなら焦る必要はありません。

まだ卵焼きを覚えたばっかりだから!

「見て見て〜!」って得意げに、もしかしたら褒めて喜んでもらえるかも!と期待して見せたものが一笑に付されたら、普通〜に落ち込みますよね。しかしですね、気にしないでください。気にしたと思いますが、「自分は漫画を描けなかったんだ」とは思わないでください。

お料理も、レシピの知識、手元にある食材だけで味をまとめるアイデアを出す力、調理器具を使いこなす技術と経験、段取りを考えて時間通りに仕上げる力、盛りつけるセンス…いろんなものが問われますよね。漫画も同じなんです。
持っているネタ、ストーリーを膨らましたり演出する時のアイデアの力、画材やソフトを使いこなす技術と経験、段取りを考えて時間通りに仕上げる力、画面をまとめるセンス…いろいろ必要で、全てをいっぺんに及第点まで持っていくのは、ほぼ無理です。天才だとどうなのか知りませんが、普通は無理です。時間が必要です。

初めてキッチンに立った人が高級レストランで出てくるコース料理を再現できるわけがない、というのは多くの人に分かってもらえると思いますが、皆さんが普段目にしている漫画の多くも、料理で言えばそのランクです。売れていようが売れていまいが漫画出版業界においてお金を貰って描けるクラスの腕利きが描いた漫画ですから、そりゃあ昨日今日始めた人が再現できるコースではないんです。

お料理の経験がまだ数回しかない人の作った卵焼きを「料理として未完成」と笑うでしょうか?
「長い時間かけて一品しか作れなかったから才能がないように見えた」「一汁三菜揃ったものしか食べたことがないから物足りないものに見えた」「ケチャップがかかっていないから貧相に見えた」「オムライスを期待していたのにただの卵焼きだった」などなど…料理を出された側はそれぞれ思うところがあるのかも分かりませんが、キャリアに相応しい一品として、卵焼きは出来上がったわけです。

まずは卵焼きの作り方を覚えた。じゃあ次は目玉焼きにしてみようかな、オムライスに挑戦してみようかな、そうやって出来ることを増やしていけば、何も問題ありません。初めてキッチンに立った人が卵焼きしか作れないのは普通ですし、なんなら、作れたんだから凄いじゃないですか。気にしたと思いますが、気にする必要はありません。

そもそも、書籍にまとめた時の視認性や見栄えを気にしたり、ペン入れ済みの作風が好きっていうわけじゃないなら、今はもうペンの技術がなくても発表の場はいくらでもあるので、わざわざトラディショナル漫画って感じのペンの練習に時間を費やす必要はないと思いますよ。習得したい人だけやればいいんです。気が進まないなら好きな画材や慣れた画材で1本でも多く漫画描いたほうがよっぽど自分のためになりますよ。